古いものであれば、外国銭も古銭として扱われ、英国の<ヴィクトリアコイン>やフランスの<ナポレオンコイン>は歴史的貨幣と考えられているそうです。
621年、唐の時代である中国の高祖が青銅を使い鋳造しました。それは遣唐使により日本に伝えられることになり、708年、初めて鋳造された<和同開珎>が日本の最初の古銭となったそうです。
もう少し詳しく言えば、708年の正月、大量の自然銅が武蔵国秩父郡から発見され、それは朝廷に献上されました。それを契機に慶雲5年を和同元年に改めたのです。
そして、その年の2月、現在でいう造幣局が鋳銭を開始し、銀銭が同年5月、銅銭が同年8月に完成しました。これらが<和同開珎>なのです。
<和同開珎>の呼び方は<わどうかいちん>・<わどうかいほう>と議論になっていますが、現在では<わどうかいちん>と呼ぶことが多いそうです。ただし、<わどうかいほう>でも間違いではありません。
やがて大判や小判が登場してきます。
<判金>・<板金>・<蛭藻金>などの金貨が大判の始まりであり、天正16年に豊臣秀吉が後藤祐乗に命じて<天正大判>を作らせました。
大型金貨の単位は十両で、重さが150g以上ありました。
当時ではこれ1枚で米40石、現在で考えると米40年程度の価値があったそうです。
やがて<楮幣>・<丁銀>・<豆板銀>などの古銭が鋳造され、目方を量る必要のない長方形の貨幣が明和2年に完成しました。
明和9年に、目方を必要としない<定位貨幣>という純銀せいの<南鐐二朱銀>を幕府が鋳造したのです。
文政7年(1824年)に小型の<文政南鐐二朱銀>が、文政12年には<文政一朱銀>が作られています。
また天保8年に、<天保一分銀>が作られ、一分金と等価値であったと言います。
古銭収集家には、状態の良い古銭を目的として収集範囲を決められる方、貨幣発行の背景等を目的として収集される方の2タイプに大別出来ます。
古銭の収集には大変な資金が必要になってきますので、所持していた古銭を売って新たな古銭を買うというコレクターも多いようです。
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